『夜に駆ける』はボカロ曲なのか?―ボカロ曲の定義についてのアンケートとその結果
先日、Twitterにてボカロ曲かどうかの判断が分かれそうな曲についてアンケートを実施しました(現在は締め切っています)。多くの方のご参加ありがとうございました。この記事ではその結果について報告していきます。
ボカロ曲かどうかの調査 https://t.co/tbYnXvTfQa
— 青海 久瑠🚢 (@ao_39L) 2021年2月13日
ボカロ曲かどうか判断が分かれそうな曲についてのアンケートです。ご協力よろしくお願いします。
①アンケートの概要
アンケートでは、以下の曲について「ボカロ曲である」か「ボカロ曲ではない」の2択で回答していただきました。
おちゃめ機能 / ラマーズP (重音テトによる歌唱。VOCALOIDではなくUTAUという歌唱用ソフトウェア)
PS5が当たらない / にっくきゆう (初音ミクNTによる歌唱。NTはVOCALOIDとは異なるソフトウェア)
おねがいダーリン / ナナホシ管弦楽団 (ONEによる歌唱。ONEはVOCALOIDではなくCeVIO)
AIシテ!きりたん / OSTER project (AIシンガーきりたんによる歌唱。VOCALOIDではなくNEUTRINO)
FIRE TEMPLE / ヒゲドライバー (Delay Lama、いわゆる坊歌ロイドによる歌唱。Delay Lamaは僧侶をモチーフとした母音のみを発するソフト)
絶対にチョコミントを食べるアオイチャン / GYARI (VOICEROIDの琴葉茜・葵による歌唱。VOICEROIDは歌唱ではなく読み上げを目的としたソフト)
もしも100万あったなら / mino90 (読み上げを目的としたソフトフェアのSofTalk、いわゆるゆっくりによる歌唱)
cooking jungle / 混沌会 (しゃべる!DSお料理ナビの合成音声による読み上げ機能を使用したオリジナル曲)
スイートマジック / Junky (ボカロP作曲、歌い手歌唱だがライブイベントのマジミラ、ゲームのDIVA、プロセカ等でリン版が採用されている)
夜に駆ける / YOASOBI (CD限定でボカロ版収録されており、YouTube、ニコニコには人間歌唱のみ投稿)
ダダダダ天使 / ナユタン星人 (ボカロP作曲、歌い手歌唱。作者によるボカロ版は存在しない)
新世界 / cosMo (インスト曲だが「初音ミクオリジナル」とされており、部分的に初音ミクが使用されている)
daze / じん (ボカロ曲を中心とした作品群『カゲロウプロジェクト』の人間歌唱曲)
白虎野の娘 / 平沢進 (コーラスにVOCALOIDのLOLAが使用されている)
たべるんごのうた / バチ (アイマスのキャラクター、辻野あかりについて歌った歌。歌唱はSofTalk)
Moon! / iru (VTuberの月ノ美兎のファンが非公式的に作成したイメージソング。仮歌としてUTAUが使用されているが、後に月ノ美兎本人が歌ったバージョンが発表された)
Kill Jill / Big Boi (ボカロ曲『データ~DATA~』をサンプリングした楽曲)
Ievan Polkka (リンクはボカロ版。原曲はボカロ歌唱ではないがボカロカバーが有名で、DIVAにも収録されている)
ray / BUMP OF CHICKEN (BUMP OF CHICKENと初音ミクがコラボした楽曲)
ナンセンス文学 / Eve (ニコニコにはボカロ版が投稿されているが、YouTubeでは本人歌唱のみ投稿されている)
ロメオ / HoneyWorks (YouTubeにはボカロ版が投稿されているが、ニコニコでは人間歌唱版のみ投稿されている)
イーハトーブ交響曲 / 冨田勲 (ソリストとして初音ミクが登場するクラシック音楽)*1
S・K・Y / ライブP (本来はライブPが路上ライブのために書き上げた作品だが、後にボカロ曲として投稿された)
ルマ / かいりきベア (歌い手に提供した曲で、ボカロ版と歌い手版が同時投稿されている)
愛迷エレジー / DECO*27 (DECO*27が自身のアルバム内でmarinaに提供した曲。後にボカロでセルフカバー)
おばけのウケねらい / ピノキオピー (ナナヲアカリのアルバムにピノキオピーが提供した曲。後にボカロでセルフカバー)
また、ボカロを聴き始めた時期(2007/8/30までと2007/8/31~2007/12/31、2008年以降の各年)とボカロ曲を聴く際に使用するサイトやイベント等についても質問しました。後者の項目は以下の通りです。
・サブスクリプションサービス(Spotify、Apple Musicなど)
・音楽ゲーム(DIVA、プロセカなど)
・マジカルミライなどのライブ
・その他
②アンケートの結果と考察
以下が全体の結果になります。総投票数は654票でした。
(2020年と回答した人は4人、2021年と回答した人は1人でした)
アンケートで提示した中では『PS5が当たらない』が最も「ボカロ曲である」と判断されました。『PS5が当たらない』で使用されているのはVOCALOIDライブラリの初音ミクではなく初音ミクNTであり、狭義の「VOCALOID曲」ではないですが、『おねがいダーリン』や『おちゃめ機能』などの他の非「VOCALOID曲」と比較してもより多くの人が「ボカロ曲」として判断しています。恐らく初音ミクが歌っているという要素が「ボカロ曲」として認識されたのでしょう。
ちなみに本記事のタイトルで言及した『夜に駆ける』ですが、約85%の方が「ボカロ曲ではない」と判断しているようです。CD限定で初音ミク歌唱版も収録されているのですが、やはり人間歌唱版の印象が強いのでしょう。
全体として、合成音声が使用されていることに加え、VOCALOID文化の文脈上に存在することが重要視されている傾向があると考えられます。例として、Delay Lama(僧侶が歌ってるやつ)を使用した『FIRE TEMPLE』や、SofTalk(ゆっくり)を使用した『もしも100万あったなら』などは合成音声歌唱であるけれども、あまりボカロ曲としてみなされていない一方で、VOCALOID文化とより関わりが深いVOICEROIDを使用した『絶対にチョコミントを食べるアオイチャン』はボカロ曲とみなしている方が多いことがわかります。
下のグラフは、年代別に「ボカロ曲である」と回答した人の割合を示したものです。
全体の傾向としては、年代が下るにつれより「ボカロ曲である」と回答する人が増えていることがわかります。特に『愛迷エレジー』『おばけのウケねらい』は大きな差が出ており、これらはいずれもアルバムで歌い手に提供されたのちにVOCALOID歌唱版が発表された曲です。また、『たべるんごのうた』や『FIRE TEMPLE』などのボカロ文脈から外れた曲についても比較的差が見られます。これらの曲はいずれも元々ボカロの「ために」作られた曲とは言い難い部分があり、特に古参の方々はこの基準を重要視する傾向にあると言えそうです。
次のグラフは、ボカロ曲を聴く際にYouTubeを使うがニコニコ動画を使わないと答えた方々(69人、グラフにおける「YouTube」)と、ニコニコ動画を使うがYouTubeを使わないと答えた方々(134人、グラフにおける「ニコニコ」)の回答を比較したものです。
これらの曲のうち、特に有意な差があると思われる曲には『おちゃめ機能』『スイートマジック』『ナンセンス文学』等があります。『おちゃめ機能』は『吹 っ 切 れ た』に代表される手書き動画の流行*2や、ろんによる歌ってみた等二次創作が有名なことが影響していそうです。『スイートマジック』はYouTubeにおいてはgoogoo888により投稿されたDIVA音源の動画が再生数が高く、ニコニコ動画においては東方Projectの二次創作MMD動画やろん歌唱の本家の再生数が高いため、このような傾向の違いが出たものと思われます。『ナンセンス文学』はニコニコ動画限定でボカロ版が投稿されています。
③おわりに
初音ミクNTやNEUTRINOなどの多くの非VOCALOIDの合成音声の登場により、今後合成音声楽曲においてVOCALOIDが果たす役割はますます小さくなっていくものと思われます。こうした状況では、これまでより「ボカロ曲」の範囲がもっと曖昧なものになるでしょう。回答結果がバラけていることからも、「ボカロ曲」の範囲に明確な規定はなく、個人によってその認識は大きく異なることがわかります(結果に出ている通り、ダダダダ天使のような合成音声が歌ってない曲でもボカロ曲として認識している方が一定数います)。
本記事を書くにあたり、多くの方からアンケートに加える曲の提案やアンケートへの回答、反応をいただきました。改めてお礼を申し上げます。ご協力ありがとうございました。本記事が皆様がボカロについて改めて考える一助となったのであれば幸いです。
(2021/02/24 追記) ナンセンス文学のリンクが間違っていたため修正しました。